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エンドレス・サマー

前向きで切ないアイドルたちが大好きです。

”加藤シゲアキ”が飛躍する時(前編)

繰り返しになりますが、私は2012年の7月半ば、チャンカパーナリリースをきっかけに新生NEWSにハマり、その後、新生NEWSの中でも特に加藤シゲアキのファンとなりました。

未だに、何でシゲアキ先生だったんだろうと思うんですけど、新生NEWSになったとき、何だかシゲが気になって仕方無かったんですよね。
もちろん、私が結構本を読むこともあって、“小説を書いたジャニーズ”に興味があったというのもあります。
しかし、一番大きな理由は“違和感”だったんですよね。これまで私が見てきたと思っていたシゲと、今見てるシゲがどこか違う、何が違うんだ!と。
それが気になって気になって、加藤シゲアキの露出を少しずつ追うようになっていました。

そして、たった半年ではありますが、今年のシゲを見てきた結果、“2012年は加藤シゲアキ飛躍の一年だ”との確信を持ちました。誰がなんと言おうと、今年のシゲはすっごい輝いていた!!!笑
というわけで、2回にわたり、2人の離脱から現在までの苦しい心境を追いながら、シゲが変わろうと決意した理由等、飛躍に至るまでを探っていきます。

参考資料はシゲ担の必読書、2012年10月末に発売の『+act mini VOL.19』です。

+act. Mini (プラスアクトミニ) vol.19 (+act. 2012年 12月号 増刊)

+act. Mini (プラスアクトミニ) vol.19 (+act. 2012年 12月号 増刊)

今回は号泣必死の辛いエピソードが多いので、明るい話が読みたい方は後編をお待ちください><
お付き合いくださる方は続きから!

■“見た目”は変化の象徴だった
 久しぶりにシゲを見た時に、「あれ? シゲってかっこいいじゃん!」と思ったのですが、それからストレスだったら太りそうな人だし(←!?)意識的にビジュアル磨いて絞ったのかなぁと気になっていました。
 先に発売された『an an』でも「ジムに行く回数を増やした」と話していたので、ああ、意図的なんだとわかりましたが+act miniでは、インタビュアーさんがそこを切り口に始まっていて、冒頭から期待がふくらみました。
 その期待は裏切られることなく、私が抱いていた様々な疑問に答え、シゲの飛躍を確信させてくれました。
 シゲとNEWSが気になっている方は、どうか読んでみてください。写真も内容もインタビュアーさんも素晴らしいし、読み終わった身からすると、これにお金出さないでどの雑誌にお金出すの?ってくらいの気持ちです(笑)
 
 体を絞った理由について、2年ぶりのライブが控えた中、2年で変わっていないということはダメだと思った、誰もが一目で分かる変化が“見た目”だった、と語るシゲ。
 今までは、歌だったらテゴマスがいることを言い訳にしながら、自分にしかできないものをと思っていて本を書いた。しかし、2人が抜けたとき、アイドルとしての“軸”をもう一度しっかりさせないといけない、“アイドルをもう一回やり直す”との感覚になったという。
 そんな気持ちもあり、歌もダンスも練習していたものの、“もっと出来ることを全部やろう”と、一番変化が見える“見た目”をまず変えなきゃいけないと思ったそうです。

「NEWSやるっていう時に、“シゲとやるのヤダな”って思われたら嫌だなぁって。メンバーにそう思われたら嫌だなぁって」
 見た目の変化を見せたかった相手は、ファンだけじゃなく、メンバーだった。
 2人の離脱がどれだけ重かったのか。シゲの思いがひしひしと伝わってきます。
 このあたりで、早くもまめかんは号泣モードです……。笑
 
■“NEWS”“加藤シゲアキ”を問い直した日々
 音楽をやるならテゴマスはテゴマスのほうが自分達の好きなことをやれる、と客観視していたシゲ。自分と小山はソロでやっていくキャラでも、CDを出しているわけでもない。
「メンバーに対するプロモーションじゃないけど(略)言葉で言ったってそういうのって伝わらないから」
「なんかね、言葉で言っても伝わらないことが多過ぎた。この2年くらい」
「言葉で言って分かるんだったら(離脱した)ふたりを引き止めることだって出来たかもしれない」

 もちろん、2人はNEWSのメンバーが嫌いでやめたわけじゃないし、それぞれやりたいことがあったのは分かっていると前置きをしながら、
「それ以上のことが、メンバー同士にあったら……それが技術なのか人間性なのかわからないけど」
「実は、仲のいい小山に出すら、俺は言葉で言っても限界はあるかなぁと思ったの」
「最近やっと、ライブとかやっててお互いわかってるけど、メンバーが何考えてるのか全然わからないときもあった」 
 
「関係者だってスタッフだって“そんな状況なら解散したほうがいい”って行ってた人もいっぱいいる訳」
「そういう人達にも、“シゲ、変わったね”って。なんか劇的に変わったねって言わせるくらいの気持ちじゃないと(略)NEWSの新しいスタートは上手くいかない」

 少年倶楽部プレミアムでも2人を引き止めたのか、という話は出ていたのですが、こちらで改めて本音を聞けたような気持ちです。
 なんだろう、引き止めたかったけれど、引き止められなかったのは、シゲ自身、自分が何を言っても薄っぺらく、自己中心的に聞こえてしまうことが分かっていたからじゃないかと感じました。
 言葉を上手く選べなくて、こんな表現で申し訳ないですが、お茶の間からぼんやり見ていた記憶だと、離脱した2人ありきで成立しているグループだと感じていたし、強い個の集まりではあるけども、グループとしての化学反応は弱い印象がありました。

 インタビュー後半で語っていたことから想像するに、多分、シゲは“NEWSの魅力”に自分があまり貢献できていなかった“引け目”みたいなのがあったのかなぁと思います。
 相手の発言を理解することには長けていて、客観視も出来る人だから、もはや情に訴えるか必死ですがるしかない状況であることも、その状況で引き止められるような相手でないことも、そんな相手に対して引き止める言葉を持たないことも分かってしまったんだろうと感じました。
2人が“2人がやりたいことが出来る”“NEWSに残ること”を天秤にかけている時に、NEWSに残ったらどんな苦労にも絶対に後悔はしない、それくらい面白いことがNEWSにはある!と断言出来なかった思いはまだ鮮明なんじゃないかな。

「後悔してる」なんて言葉は、絶対に言わないだろうけど、そんなグループでいたこと、そんな自分でいたことにすごーくすごーく後悔しているし、一生忘れない傷跡になっていることも文章から切々と伝わってきました。
 ただ、この傷が“加藤シゲアキ”の原風景だと思うし、いつまでも痛々しい傷口のまま生きていく覚悟を決めているんじゃないかな。
 
 こんなことを念頭に置いて、再び“変化をメンバーに見せたかった”と語るシゲを考えると、どれだけの思いで再始動を迎えたんだろうって、改めて思ってしまう。
 新生NEWS再始動は、きっと、離脱した2人を引き止められなかったときのリベンジマッチでもあったんじゃないかな。
 NEWSに対する思いと覚悟を示せなかった自分、NEWSだから出来ることがあるよって言えなかった自分、自分だからこそNEWSに貢献出来ることがあるって自信を持てなかった自分。
 そんな“加藤成亮”じゃなかったら……。ある意味では、そんな想いを全部注ぎこんだのが、今年の“加藤シゲアキ”なんじゃないかと思う。
 
 インタビュアーさんも自分を責めてしまうあたりが加藤君らしいとおっしゃっていますが、マイナスが原動力になり、マイナスからのスタートに強いシゲの本領発揮との印象も受けました。
 
 そして「シゲとふたりになってもNEWSを続けたい」とメールした小山さんと「俺も小山とふたりっきりになってもNEWSで闘いたい」と返したシゲ。
 周りから笑われても、ふたりでNEWSをやるしかないと決意を確かめ合ったコヤシゲ。
 なんかね、そのメールを送る決心をし、メールを保護して一番の支えにしていただろう小山さんにも、闘いたいって返信するシゲにも、コヤシゲの重みを感じますよね。
 シゲの小山さんが分からなかった、と語る状態に小山さんもいたと思うんですよ。この状況で、どんなに仲良くて、長い付き合いだって、相手が自分と同じ気持ちでいるかなんて信じ切れないじゃないですか。
「ふたりになっても」「NEWSを続けたい」の返信を待つまでの小山さんの気持ちを思うと胃が痛くなりますよ><

■“具のないおでん”と言われた頃
 今だから言うけど、と前置きしつつ、「あの時の世論とか。否が応でも入ってきちゃう」と語るシゲ。
「“具のないおでん”とか“イチゴのないショートケーキ”とかさ……。おぉ、結構きついなぁ、わりと内臓に来るぜ、みたいな」
「一方で、“NEWSを残してくれてありがとう”という声もすっごいあったし、見返さなきゃいけないじゃん、やるならね?」
「そこが大変だった」

“自分がどう見られたいか?”ではなく、“自分の持って生まれたものを活かそう”と思うようになった。
 きっと、“見た目”にもその気持ちが繋がっているんでしょうね。
「求められることをやって、その上で自分を磨く……って言うと平易な言葉になるけど」
 考えに考えた結果、原点に戻っていこう、戻らなければ、という気持ちが強くなっていったんだと思う。しかし、こうやって整理して語ってはいるものの、正直なところその頃の思考をあんまり覚えていないという。
「NEWSは解散したほうがいいのかもしれないって思うぐらい、わからなくなってた」
「ひとりでこの道を行くのか? っていうのも考えた」
「本書いたけど、俺は作家に専念したい訳じゃなくて。NEWSでいるために作家をやるっていうのが本当にあったから」
「“俺の最後のステージが終わってる可能性”だって全然あった」

 その頃を、考え過ぎて吐きそうと語るくらい、自分の出来ることをすべてやりながら、ぐるぐると様々な考えをめぐらせて、でも状況はなかなかはっきりしない……。そんな時期だったんだろうなぁと。

「何がなんでもNEWSを残す気持ちはあるんだけど、そう上手くはいかないってことが今回多過ぎた」
「新曲を出すことが、NEWSを残すこととイコールじゃない」
「“具のないおでん”と言われたそのおでんを出しても意味がない」

 NEWSの始動には、手越さんが発言した「4が6を超える」を実現しなければならない、そのハードルの高さは、4人が一番実感していたと思う。
 ハードルを確実に越えられるように、いい楽曲が出来て、その未来が見えるまでは……と思うメンバーもいる中で、シゲはとにかく早くNEWSをやって、どんどん発信していきたいと思っていた。
 メンバー内でもそれくらいの違いがある。不安定な状況で、一枚岩じゃないと痛感する怖さはどれほどだろう。

「テゴマスはその時ツアーやってたから……もちろん応援は凄くしてるけど、彼らにはこれ(テゴマス)があるんだなぁっていう想いの中で、本当にどうする?って。3年後、いや2年後すら見えない」 
 本人が語るように、テゴマスを応援しているのは本当だけども、同時にテゴマスがテゴマスで魅力的な活動が出来ていることにも不安はあったと思う。
 あの頃の私はそんなシゲを全く知らなかったけど、テゴマスのコンサートを見に来ていたシゲはどんな気持ちだったんだろう、とよく思います。
 今は残してよかったと思えるけど、それも今だからやっと思える結果論、と語るシゲ。現実的な目線と、『チャンカパーナ』の売上の重みを思いますよね。

 そんな先が見えない中でも、メンバーを必死で集めて、話し合いの場を設けた小山さんを「支えようと思った」「俺がどうしたいとか、いい」「この4人でいられたら、それでいいっていう結論で、なるべくテゴマスふたりの意見を聞いたり、小山の話もきいて……という立場だった」と語るシゲ。
「この4人でいられたらもういいから。俺はみんなを支えるし、受け止める」
「でも俺は俺で、やらなきゃいけないことめっちゃあるわ!って思って」
「(以前は)自分が目立たないことで、人が輝けばいいって思ってた」
「けどね、もうそうじゃない。(今は)自分から陽を浴びにいかなきゃダメだし。それもなんか楽しいなぁと思えたの」
「今までそこを楽しくないって思ってるほうが楽だったのかもしれない」

 この後半の下りがほんとシゲだなぁ!と思ったら、インタビュアーさんも全く同じ意見(笑)
 それに対して、「(こういうところが)俺っぽい(苦笑)? 俺ってどんな?」と聞き返す。たしかに、その認識は変えていかなきゃいけないのかも。
「最近、俺、他人からどう見られてるのか全然わからない」
「こんな感じに変わってきちゃったから。自分でもわからないんだよねぇ(笑)」

 でも、そういう今の自分を嫌いじゃない、と話すシゲ。そう言えるようになった今があって本当に良かった。

■小説家デビュー
 当時NEWSのファンじゃなかった私にとっても、ジャニーズから小説家デビューと加藤成亮から加藤シゲアキへの改名は合わせて大きく報道されていて、非常に印象に残っていました。
 まさか、数ヵ月後、シゲのファンになるとも思っていなかった頃。
 名前は漢字のほうがかっこいいのに!と思うと共に、小説家デビューをあまり好意的に見れませんでした。
『ピンクとグレー』出版の少し前に、他の芸能人の方の小説家デビューが話題になりましたが、結局先入観を拭えないまま終わった作品だと感じていたため、大変失礼ながら加藤シゲアキの小説家デビューも新生NEWSに向けた話題づくりのようなものだと思っていました。

 前と違って高評価の方も多くひとまず買ってみたものの、実際に読んだのは、ファンになった後の今年9月。ファンになった以上ピングレからは逃げられないし、ピングレが合わなかったら、ファンを続けていくことはできないだろうなぁと思っていました。
 これを読んだら加藤シゲアキのファンをやめることになるんだろうか、と緊張しながらページをめくりました。
「これは小説だ。しかもすごく真っ当な小説だ」と分かった瞬間の安心感と、一冊読み終えた後の有望な新人作家が出てきた!というわくわくした気持ちはきっと忘れません。
その時、「私はもっと加藤シゲアキを信用しよう、たくさん期待しよう!」と思ったのです。

 もちろん、シゲにとって“小説”はもっともっと大きな意味を持っています。

■2010年、不安ともどかしさを抱えたとき
 結果的に6人最後のコンサートになった2010年の「LIVE! LIVE! LIVE!」が終わった後、次の仕事が何も決まらなかった。NEWSがダメになるかもしれない、自分ももっと頑張らないといけないのに……。そんな不安を抱いていたシゲは、ニノが「A-Studio」で自ら事務所にオーディションを受けたいと言った、と話しているのを見て、これだ!と思ったそうです。
すぐさま事務所に電話して、たとえば小山さんと何かやるのはありなのか等の話をしたものの、結局はひとりでやるのが一番NEWSのためになる、との結論に。
 以前に、この時の話は出ているので詳しくは割愛しますが、ここで事務所の偉い人から「自分の魅力って何?」ときかれて答えられず、その質問に自信を持って答えられるだけの“何か”を探さなければならないと思うようになったと言います。

もがくシゲの頭をよぎったのが、親交のある先輩・大野智の個展とその時の感動だった。
「何かそういう風な在り方が、自分は好きかなぁって思った」
前から“書きたい”と話していたこともあったため、提案自体は受け入れられたものの、絶対出すとの確約はなかった。それでも、締め切りを急に設けられてひたすら書き上げた。
執筆時期がちょうど東日本大震災に被り、大変な時期に執筆していた影響か、『ピンクとグレー』はコンサートのように無条件に楽しめるエンターテイメントではない。こういう内容でいいのか、という思いが掠めたものの出版の確約はないし、本が出なくてもいいと思いながら書き上げた。実際に、出版に漕ぎ着けるまで、執筆後、何度もスタッフとの打ち合わせを重ねたそうです。

締め切りにあわせて、『ピンクとグレー』は一ヵ月半で執筆。プロットは一週間。いつか書くならと思って内容を考えていたといいますが、この筆のはやさには驚き。
そのはやさで小説を書けた土台として、趣味の映画鑑賞の影響が大きかったという。シゲがグループでの立ち位置に悩んだ頃にとにかくやってみようと決めた“月10本映画を観る”。それに派生して映画評論に興味を持ったため、観た人や、自分が面白いと思うものについて考えていた。
それが、『ピンクとグレー』の時系列が行き来する構成にも活かされている。
人生、無駄なことはない
加藤シゲアキの小説家デビューにはそんな言葉がぴったりハマります。


■『ピンクとグレー』執筆が変えたこと
 小説を書く前は、笑ってる時も、なんかちょっと笑いきれていなく、ライブの瞬間は楽しいけど、不安だったという。
 以前、ライブの高揚の分、ライブが無いときの沈み方が激しく、ライブ中にふと終わった後の不安がよぎってしまう、と語っていたことを思い出します。
「なんで俺はアイドルをやってるんだろう? 向いてないのに……」と思ったり、手を振るお客さんにも「なんで俺なんかに手を振ってくれるんだろう……」と考えてしまったり、アイドルに徹するのが難しく、それを、“陰と陽”が常に混ざっていた、と評しています。
「これ(小説)をやってから、逆に、アイドルをマジでやる!みたいに振り切れた」
「ここ(小説)が出来たことで、(陰と陽が)パッとわかれた(略)自分の中で“やっと居場所が出来た”」
「今は(アイドルが)向いてる向いてないじゃなくてやる!」
「(手を振ってくれるファンに)今はそれに全力で応えたいと思うし、嬉しいなぁって思う」
「俺は本とか出しちゃって、こんな風にNEWSやってて、人から見ても今の俺って面白いんじゃないかな?って」
「もっと“見ろや!”的な性格、マインドも育っちゃったんだよね。良くも悪くも」

 これを読むまで、『ピンクとグレー』執筆は“自信”に繋がったのだと思っていました。もちろん、そういう面もあるし、シゲがグループ内コンプレックスを超えていくためにも必要だったと思うんだけど、シゲにとってはそこが本質じゃなくて。
 アイドルにしては不器用で考えすぎるシゲが“アイドル”でいるために“小説”が必要だったのか、と。このインタビューでは「NEWSでいるために作家をやる」というフレーズが出てくるのですが、そこに込められたいくつもの意味を感じますね。

 シゲにとって小説は“加藤シゲアキ”と“加藤成亮”の狭間でどうしても生まれてしまうもやもやした気持ち、“加藤シゲアキ”には必要がないかもしれないけども、“加藤成亮”には無視できない思いを表現する場だったんだろう、そう思いました。
 たいていのジャニーズは意識的にしろ、無意識にしろ、仕事をしている自分と芸能人じゃない自分を上手く切り替え、折り合いをつける工夫をしていると思います。それは、家事をして日常を実感することかもしれないし、趣味かもしれません。
 また、明確な仕事モードがなく、普段の自分のまま芸能活動をしているような、切り替えが少ないタイプのジャニーズは、たいてい創作活動をして自分の中のもやもやを解消している気がします。
 大野さんの絵もそうだろうし、積極的に作詞・作曲に携わっている人にもそんなタイプが多いような気がします。

 シゲの場合は、完全に後者だったものの、グループ内のバランスを見て、自分を表現し、押し出すような創作はして来なかった印象で、初めてアイドル業以外の形で“表現”が自由に出来た場所が、“小説”だったんじゃないかなぁ。あと、シゲの論理的でちょっと複雑な思考は、曲でも詩でもなく、文章で初めて表現出来たんじゃないかな。
 

■前編まとめ
 とにかく泣ける!シゲも穏やかに語っていて、10000字みたいに痛々しくもないし、もちろんお涙頂戴の記事じゃ全くないんですけど、やっぱり泣ける。
 また、全体を通してメンバーをこれ以上失いたくない!という切実な思いが感じられました。逆に言うと、あまり言葉にしていませんが、2人の離脱はそれくらい深い爪あとを残したんだなぁと。
 実際、手越さんが「NEWSの解散も考えた」と明言していますし、テゴマスがある“テゴマス”とコヤシゲの違いはやっぱり大きかったんじゃないかと思う。
 そんな中、世論の厳しさを受け止めなければいけなかったシゲにも泣けました。わたしもチャンカパーナ出す前は、世論に近い気持ちだったので他人事じゃないんですけど、言葉ってこんなに残酷なんだ、と胸が痛くなりました。
 でも、その辛さや悔しさがばねになって、今の飛躍に繋がっているんだろうと思います。
 新生NEWSとシゲが侮ったわたしと、世の中をいつまでも見返し続けて欲しい。そんな未来を見たいと思いました。

 あと、一時期は、もうメンバーが分からないし信じられないかも、くらいの境地までいき、吐きそうなくらい考えながらも、“4人のNEWS”を残すために自分は何が出来るのか、と現実を見据え、自分を変えていった土壇場でのシゲの強さにもぐっと来ました。
 シゲはぽっきり折れそうな小奇麗な花に見えて、雑草魂的な、最後の最後で折れない根っこがあるなぁと。
 どれだけ悩んでも、最後、ちゃんと前を向けて歩き出せるシゲの強さを改めて感じました。

 その一方で、“小説”がシゲに与えた影響ってこんなにあるんだ!とその大きさにも驚かされました。“小説”がなかったら、“加藤シゲアキ”も“4人のNEWS”もいなかったかもしれない。
 シゲが“小説”と出会えて良かった。シゲが大野さんを慕う気持ちも分かったよ!笑 本当に感謝です。
  
 あとね、批判も多いかもしれないけどアイドルでいるために小説家になった、と言う考え方がすごく好きです。ずっとずっとアイドルが大好きで、アイドルにあこがれているシゲを魅力的だと思う。
 シゲが、アイドルやってる自分に自信が持てなかったのも、こんなに悩むのも、こんなに真剣なのも、シゲがアイドルを大切に大切に思っているからだと思います。
 アイドルじゃないほうが楽に生きていけた人だと思うし、こんなインタビュー読むと心が痛むけど、それでも加藤シゲアキ”っていうすっごく面白いアイドルに出会えて本当によかった

 後半でも出てきますが、ネガティブでうじうじしていた部分を小説として昇華し、改名を経て“加藤成亮”の断捨離をすることで、きらっきらのアイドルになっていった。それが、2012年のシゲだったんじゃないかと思いました。
 
というわけで、以上、前編でした。
次はとうとう本題。苦しんだ末、シゲがどんな成長と変化を見せたのか。シゲの飛躍を見ていきます。
後編はこちら→

“加藤シゲアキ”が飛躍する時(後編) - エンドレス・サマー


なお、こちらはMyojoに比べて手に入りやすい雑誌というのもあり、記事の抜粋はだいぶさっぴいてます。
機会があれば、ぜひ、購入してじっくり読んでみてください^^

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