エンドレス・サマー

前向きで切ないアイドルたちが大好きです。

嵐14周年!

 嵐14周年おめでとうございます!
 ハワイだと9/15、日本時間だと9/16が嵐の結成記念日というわけで、記念日当日ですね。笑
 
 今の嵐は、やはり転機の時。
 今年の春からずっと翔くんのインタビュー記事が、ずっと引っかかっていました。たぶん、これが解消されるのは当分先のことだと思います。

嵐の20周年って2019年なんだけど、そこをきれない形で迎えたいなって。ひいては、30周年、40周年も同じなんだけれども。それまでのプロセスである、今日とか明日、来年とか再来年に、何かしらのリスクをともなったとしても、理想の20周年にとって必要な道なら、選んでいくべきじゃないかなと。(中略)今日の発言が誤解されようと、来年の活動が評価されなかろうと、些細なことなんだと思う。極端なことを言えば、みんなに好かれようとニコニコ笑って来年消えてゆくくらいなら、誤解を恐れずに大事なものを貫きたい。そこで離れていく人がいたとしても、われわれ5人とスタッフ、“チーム嵐”の華々しい20周年があるんだったらいいんです。

 10周年の時、感慨深そうに空を見上げながら感謝と永遠を歌った彼らは、もっともっと大きくなり、少しだけエゴイスティックに、さらに華々しく幸せな未来を選び始めたんですね。
 今はわからなくても、20周年のときには「あの時の嵐、やっぱすごかったなー」なんて思うんだろうなぁ。

 変な話ですけど、NEWS好きになってから嵐の優しさと温かさ、すごさを痛感する日々です。ちょと前のTV露出だと音楽のちから。特に、あの日の翔くんとにのちゃんにはNEWSのファンとして頭があがりません。笑
 フィルフェスもいい仕事してきたグループなんだなぁってしみじみ思いました。かっこいいよ、嵐。
 表だって後輩を手助けするグループではないと思っていたけれど、そういう先輩らしい役割も年々増えきていると思うし、何よりもメディアの第一線で走リ続けるその背中が、後輩たちの道標になるような、そういうグループになっているんだなーと改めて感じています。

 もしかしたら、俺たちそんなキャラじゃないのになーなんてほんの少しだけ思っているのかもしれないけれど笑、自分たちの未来のために、黙々と努力を重ね、経験を積み、第一線を走り続けていくんだと思います。ほんと男前です。笑

 嵐14周年、本当におめでとうございます!!
 大野さんと嵐にはいつも支えられています。出会えてよかったです。
 彼らのこれからが、嵐の華々しい20周年に続く、素晴らしい年でありますように。
 
 私がほんのちょっとでも嵐の力になれるとしたら、CDとかDVDを買うことくらいしかないわけだけど、この先もそういう当たり前のところ、支えられるところで彼らを支えていけたらなーなんて思っています。笑
 




※この先は、14周年とまったく関係のない自分語りです。
 最近私が考えていた嵐のことがテーマですが、暗くもないけどそんなに明るくもないので、見たくないという方は全力でスルーしてください><





 注意書き大丈夫でしょうか。

 お祝いにかこつけて書くことでもないかもしれないけれど、別エントリーにするほど大げさでもなく、言葉にするタイミングを逃してしまったくせに言葉にしておきたいという微妙な内容なので、ここに書かせてもらいます。

 簡単に言えば、私にとって、自分と嵐の距離感・見方はアイドルとファンというものからすると少し異なってきているのかもしれない、という話です。
 なんかねー、ずっと好きだけど、傷つかないように少し距離が取れるようになった。ちょっとだけ嵐にたいして大人になった。笑

 前にもツイートしたんですけど、客観的に見ると私はアイドルのファンという熱狂的な枠から少し外れかけているのかなーと思っています。

 理由は大きく二つあって、一つは嵐の現場をあきらめるのに慣れ、嵐をとりまく環境にもやもやする気持ちを抑えるのにも慣れ、良くも悪くも大人になってしまったこと。
 もう一つは、「Popcorn」ツアーを見て私の中で引っかかっていたとげがするりと抜けたこと。そのあと、翔くんが思い切って舵取りをすると宣言したことも後押しになって、母親か!?というようにハラハラしたり、無駄に口出ししたがらなくてもいいよなーと素直に思ったこと。
 前者はなんとなくわかっていただけると思うので、後者の話をさせていただこうと思います。あ、あんまり明るいトーンにならなかったので、そこだけは注意ですw

 私は、嵐と先輩ファンの関係をガラッと変えてしまった2008年の嵐&大野さんブームの頃にがっつりファンになりました。
 後追いして、嵐の作るエンターテイメントの虜になり、初めて行ったのが「Beautiful World」。期待通り温かい場所であった反面、新規の私たちへの優しさゆえに彼らのエンターテイメントはどこか変化してしまっていたんじゃないか、とも感じました。
 チケットの倍率は彼らがコントロールできないとしても、コンサートの内容ははじめましてのファンに対する遠慮があったからじゃないかなぁと、そんなことを思ったのです。
 それはもしかしたら正しい判断だったのかもしれないけど、配慮されている身からすると、やっぱりすごく申し訳なかったし、寂しかった。
 お前らがしっかりしろよ!って言われるのはわかっているし、そういう声は私だってたくさん聞いていました。話を聞けば聞くほど、それに反論できる言葉なんて持てるわけもないけれど、私の中にくすぶっていた、新規ももう少し信用してよ!嵐が見せたいものが私も見たいんです!って行き場のないこの気持ちはどこに行くんだろう。
 ずっと、そう思っていました。

 コンサートをあきらめることに慣れ、TVに映る嵐を眺める生活にも慣れた昨年の12月。
 運よく入れた「Popcorn」のツアーを見たときに、私がDVDで見てから焦がれていた嵐、見てみたかった嵐がいた気がして、どこにも書かなかったけど救われた気持ちでした。
 たった数時間のコンサートにずっともやもやした気持ちが一気に消えていき、終わったあとも、ホントにすげーコンサートを見た、とずっと幸せで鳥肌が立っていました。
 ファンになってから4年経って、初めて嵐の輪郭がちらりと見えたように思った日でした。

 そして、今年の春、開き直ったような翔くんのインタビューをいくつか読み、嵐は新しい方向に舵を取るんだ、とわくわくしながら少し許されたような気持ちになりました。
 あきらめることに慣れたこれまでと、「Popcorn」で垣間見たこれからの彼らへの信頼と消えていった思いが相まって、もう変に固執する必要もないのかなー、彼らの姿を見守りながら支えられるところは支え、楽しめるところを一緒に楽しめばいいのかなーとシンプルな思いに行き着いていきました。
 そうして、好きだなぁというしみじみした気持ちはそのままに、少しずつアイドルとファン、というような熱狂的な関係性から肩の力が抜けていき、今に至ります。この距離で落ち着くのか、また熱狂する日々がやってくるのか、自分でもよくわかりません。

 本当は、他の方が頑張っているようにどんな手を使っても食らいつくか、開きなおるか、もっと早くに振り落されるべきだったのかもしれないけれど、どれも選べないままここまで来てしまいました。こうなったら行き着くところまで流されていきたいなーというのが今の率直な気持ちです。

 もしかしたらこの距離感を、卒業や、担降り、なんなら殿堂入りと表現する人もいるんだろうなーとも思うんですよ。
 今年はもう潮時かなーなんてこともさんざん考えたんですけど、根っこのところで大野さんのこの先をほんの少しだけ近くで見ていきたいというわがままな気持ちが消えなかったんですよね……。どうしようもない言い訳をさせてもらうと、大野さんブラックホールなんですよ……。だから一回のみ込まれたら帰ってこられないんです!笑

 そんなわけで、こいつふらふらしてんなーといろんな人に思われながら、「大野さんのファンです」「嵐が好きです」と言ってきたし、来年もまた同じことを言っていると思います。
 すごく中途半端で申し訳ないけれど、私はこんな感じでまた一年、嵐を見ていこうと思います。

 何の宣言だよーいらねーよって感じなんですけど笑、私が書いておきたかったので書かせてもらいました。 
 ここまで読んでいただいた方がいらっしゃったら申し訳ないくらいまとまってないんですけど、まあ、私のためのブログなので許してください。笑